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清須会議の映画で剛力彩芽のお歯黒メイクの評判は?当時の化粧や松姫と三法師についても

2019/09/20
 

2013年に公開された映画清須会議三谷幸喜監督自身の書き下ろし小説を映画化した作品。

本能寺の変で織田信長が死去したのち、織田家の後継者と領地配分を決めるために、家臣の柴田勝家や羽柴秀吉らが清洲城で話し合いを持った5日間が描かれています。

豪華キャストが演じる中、ストーリー以外で注目を浴びたのが女優陣のメイクでした。

本作では、「お歯黒・引眉・白塗りメイク」を松姫役の剛力彩芽さんお市役の鈴木京香さんが再現されています。戦国武将の息女(そくじょ/身分のある人のむすめ)に施されていた化粧です。

当時の感覚であれば美人なのですが、現代の感覚とは異なるものがありますよね(苦笑)
作品について剛力彩芽さんの印象しか残らなかったとの声もあるほどです(!)

剛力彩芽さんのメイクの評判と当時の化粧、剛力さんが演じた松姫と三法師についてもご紹介します。

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剛力彩芽のお歯黒メイクの評判は?

まずは、劇中での剛力さん。

最後のこの笑みが話題になりましたよね!

ストーリーが飛んでしまうほど印象的。かなりのインパクトでした
清須会議での剛力彩芽さんの評判について、ツイッターでの声を紹介していきます!

意外と多い肯定派

メイク割と好き!、かわいいちょーさいこーに大好き (゚∀゚)

つり上がった小さい目は戦国姫君メイクがものすごく似合う
元来美人なので、現代では違和感を感じるメイクでも美しいですよね
パンフレットの写真がそう見えました!

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いや、楽しみだよ。楽しみ。だけどこの剛力ちゃんはヤバイwww #清須会議

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なんだかんだで一番評価できる私もそう思います!

やっぱり怖いという声も…

めっちゃ怖いホラーすぎるギャグにしか見えない
現代の感覚で素直にみると、そう思ってしまいますよね(汗)

剛力彩芽さんと鈴木京香さんのメイクについて。
三谷幸喜監督なるべくリアルにビジュアルを作りたかったとおっしゃっていました。
同時によく事務所がOKしましたね)」ともw

三谷監督たっての演出だったのはありますが、それをこなされた剛力さんと京香さんに脱帽です!

中には真似する人も?!

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#笑わない人いる?#清須会議#119日公開#三谷幸喜監督に届け#松姫#お市様#sorry

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加工ですが(笑)一般の方がこの投稿をされたユーモアに脱帽ですw

「お歯黒・引眉・白塗り」当時の化粧について

お歯黒・引眉・白塗り。この化粧について、何となく知っているようで…実は知らない?
なるべくリアルにビジュアルを作りたかった」という三谷監督が再現した化粧について調べました。

お歯黒

上代(奈良時代ごろ)から上流婦人の間に行われた風習。明治末期頃まで存在した。時代によっては一般人や芸妓・遊女も施したが、清須会議の時代においては身分の高い人の化粧でした。

むらなく艶のある漆黒に塗り込めたものが美しいとされ、女性の化粧に欠かせないものでした。

引眉(後述)とセットで行われた化粧法

お歯黒を塗る際

古い鉄くず茶の汁または酢に浸して作った液で歯を黒く染めました。
筆に液を含ませ、五倍子(ふし)の粉をつけて歯に塗ったそうです。

戦国時代のお歯黒をしていた人

婚姻した、また婚約した幼い姫君
女子が成年になった儀式の一つとして、武将の息女は結婚に備え8〜10歳前後に鉄漿付け(初めてお歯黒をつけること)したそう。

・一部の戦国武将

お歯黒の効果

伝統的な日本の化粧美である赤・白・黒の美意識を満足させる効果
(色の白い女性の場合、お歯黒はたいへん美しく見えた)

・歯を目立たなくし、顔つきを柔和に見せる効果

口腔内の悪臭・虫歯・歯周病に予防効果

江戸時代以前の女性および身分の高い男性にとって欠かせないたしなみだったようです。

引眉

奈良時代から江戸時代にかけておこなわれた化粧法。お歯黒とセット

引眉眉を全部剃る、または抜くことを指します。その後、除去した眉よりも高い位置に「殿上眉」という長円形の眉を墨で描きました

大人の美女に必要だったのは美しい眉毛云々より、額の広さで おでこが美人の証でした。額が広いと、おおらかで、おっとりした顔になると考えられていたそうです。

眉の位置は上にあればあるほど美人で、自分で決められました。
自分で決められることに、三谷監督は「かなり勇気がいるよね」ともおしゃってましたw

白塗り

白塗りの由来はあまり見つからなかったのですが…白い肌への憧れから施されたようです。

平安時代の貴族文化の時代になると、陽の当たらない広大な宮殿内の生活で青白くなった肌に、さらに白粉をぬった白い肌が上流階級のイメージとなり、しだいに白は高貴を象徴する色となりました。

照明とも関係があったようで、暗い中でも顔がきれいに映え、白く見えるように、また表情の陰影がしっかりつたわるように白塗りしたとも言われています。今は電気がありますが、昔は自然光かロウソクの灯りぐらいですからね。

剛力彩芽演じる松姫は三法師の母ではなかった

本能寺の変のち、織田家の跡継ぎは羽柴秀吉に担ぎ上げられた幼い三法師に決まります。
三法師織田信忠の嫡男信長の直系の孫で3歳とはいえ血筋として申し分ありません

映画「清須会議」では三法師の母は剛力彩芽さん演じる松姫として描かれていました。

どうやら、この部分は史実とは異なるようです。父は信忠です。

三法師の母は、塩川国満(orその息子長満)の娘もしくは森可成の娘、もしくは松姫と諸説あり、そのなかで松姫の可能性は薄いようです。

では、なぜ松姫が母として描かれていたのでしょうか?

史実の織田信忠と松姫

織田信長の嫡男・織田信忠と武田信玄の六女松姫。
二人は織田家と武田家の同盟強化のため幼い年齢で婚約していました。いわゆる政略結婚です。

時勢が落ち着かないこともあり、松姫はすぐ織田家へ嫁いでくることはありませんでしたが、信忠は松姫に文や進物を贈り、互いに心を通わせていたといいます。

しかし、織田と武田が敵対関係になり信忠と松姫の婚約は解消されました。

婚約解消から10年で信忠は武田討伐の大将に。衰退していた武田は滅亡します。
逃されていた松姫は、信忠の使者の迎えに応じ信忠の元へ向かうも二人が出会う前に信忠は本能寺の変で自害信忠と松姫は実際に出会うことはなかったと言われています。

三谷監督は三法師の母は松姫だと思っていたのか?

歴史好きの三谷監督が知らずに間違って設定したとは…とても考えにくいです

ほぼ史実に忠実に描かれていた「清須会議」
その中で、松姫を三法師の母に設定したのは三谷監督があえて行った演出だと思われます。

叶わなかったとはいえ織田信忠と松姫が想い合っていたこと、また三法師が信忠の嫡男であったことは事実と言われています。

「織田家の跡目争いを裏で操作したのは、実は武田の姫だった」三谷作品演出

史実とは異なりますが、ストーリーの最後にこの暗示するのは、映画としての「清須会議」を締めくくるのにピッタリだったと思います。劇中で前作「ステキな金縛り」に登場した北条方の更科六兵衛(西田敏行)も登場していましたからね!

まとめ

剛力彩芽のお歯黒メイクは好評で映画「清須会議」を印象づける1つ

お歯黒・引眉・白塗りメイクは「なるべくリアルにビジュアルを作りたい」という三谷監督の意向

「松姫が三法師の母」という設定は史実とはおそらく異なる三谷監督の演出

 

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