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蜜蜂と遠雷黒い馬は何のイメージを表しているのか?雨の意味についても

2019/10/15
 

2019年10月4日公開「蜜蜂と遠雷」は国際ピアノコンクールに挑戦する若き4人のピアニストの出会いや葛藤、そして成長を描いた物語です。

原作は直木賞と本屋大賞をW受賞した恩田陸さんの小説「蜜蜂と遠雷」。映像化は不可能と言われた原作に「愚行録」で一躍注目を浴びた石川慶監督が挑みました。

コンクールシーンなど音楽ホールをメインに、シュッと駆け抜けるドキュメンタリー風の本作。その中で、こんな疑問が持たれていました。

あの馬はなんだったんだろう?
物語の中でイメージカットとして雨の中を疾走する黒い馬が登場していました

本作の中で登場する黒い馬」とセットで描かれる「雨」について紹介いたします!

蜜蜂と遠雷黒い馬は何のイメージを表しているかの疑問

蜜蜂と遠雷の物語で、オープニングや終盤などに登場した雨の中を疾走する馬。
このイメージカットは「美しい」との評判でした!

とても美しい映像ではありましたが、映画の中でその意味について語られたシーンは無くあの馬は、意味は、なんだったんだろう?疑問を抱く方が多かった様です(>_<)

この様な口コミが沢山見つかりました!

蜜蜂と遠雷で黒い馬が表すイメージと雨の意味について

ということで、黒い馬は雨とセットで雨の馬として原作の中で登場しました!
そして「雨の馬」亜夜の成長を描く際に意味のある重要なモチーフでした。

ここで原作の2つのシーンについてご紹介します。

雨の馬描写1 亜夜が物語に登場した最初の場面

まず、亜夜が小説で一番最初に登場した場面。

雨の音がひときは強くなって栄伝亜夜は無意識に本から顔を上げていた

(中略)

やっぱり聞こえる。雨の馬たち

それは、子供の頃から何度も聴いてきたリズムで、かつて亜夜が雨の馬が走ってると言っても大人たちはきょとんとするばかりだった。

今ならちゃんと口で説明できる。

家の裏にある物置小屋は、トタン屋根になっている。

(中略)

一時間に数十ミリというような大雨の時には不思議な音楽が聴こえるのだ。

(中略)

トタン屋根の上で、雨は独特のリズムを刻むギャロップのリズムだ。

恩田陸「蜜蜂と遠雷(上)」文庫版 p63-64より引用

20歳の亜夜は、雨音を聞きながら「世界はこんなにも音楽で溢れているのに、わざわざあたしが音楽を付け加える必要があるのだろうか」側にあるコンクールエントリーの書類を見て思っています。

次いでステージから背を向けることになった経緯が回想で語られました。

かつての亜夜がステージで演奏した理由「母を愛し、喜ばせたい。母のために」
母の急死でその理由を無くした喪失感から…13歳の亜夜はステージをドタキャンしました。
その日も、雨が振っていました。

雨の馬描写2 亜夜が3次予選で塵の演奏を聴き覚醒した場面

3次予選。客席を熱狂させた風間塵の演奏を舞台袖で聴いていた亜夜。
そこで、亜夜自身が「覚醒している」ことに気づくシーン。

不意に、遠い昔のことを思い出した。

まだピアノを弾き始めたばかりの頃。窓辺でじっと雨音を聴いていた時のこと。

トタン屋根に落ちる雨不思議なリズムを刻み初めて「雨の馬が走ってる」と気付いた時。はっきりと、天を駆ける馬のギャロップが聞こえてきた瞬間

亜夜は、目の前の雨の匂いを嗅ぎ、当時の小さな自分の中にすっぽり入りこんでしまったような気がした。

(中略)

そうだ、あたしはこの感情を知っていた

初めて自然の中に満ち満ちている音楽を聴き取ったあの時から

どこかからトタン屋根の雨の馬の足音が聞こえてきたような気がして、亜夜はハッと目を見開き、思わずきょろきょろと辺りを見回した。

恩田陸「蜜蜂と遠雷(下)」文庫版 p289-290より引用

コンクールに参加した当初どこか他人事であったり絶望もしていた亜夜でしたが、塵の演奏を聴き終え この時完全に覚醒します。

「ああ、本当に、この世界は音楽に満ちている。」と気づき、これまでの事を反省して吹っ切れるのです。そして、この後の亜夜は神々しく女神のように、雨上がりの空の様な清々しい表情で圧巻の演奏を披露します。

音楽の世界に完全「帰還」した亜夜。目の当たりにした審査員の三枝子は、塵が起爆剤となり他の天才を弾けさせ、結果多くの「ギフト」をもたらしたと気付きました。

黒い馬と雨がもっていた意味 雨の馬についての考察

雨は亜夜にとって、幼い頃からとても身近にあった音楽でした。登場する最初のシーンから雨で、ステージから姿を消した日も雨でした。塵の演奏を聴いて覚醒した時も雨のイメージがオーバーラップして始まります。亜夜の転機を表す描深い関わりがありました。

激しく降る雨から亜夜がイメージしたのが雨の馬が走っている。それは幼い亜夜にとって不思議な音楽でとても興味深いものでした。亜夜の想像が創り上げたものでした。

「世界には沢山の音に溢れているのに、自分がその音を付け足す必要があるのか?」物語の序盤はステージでピアノを演奏する理由を失っていた亜夜ですが、コンクールの予選を重ね、明石やマサル、そして塵の演奏を起爆剤として覚醒します。

天を駆ける馬のギャロップを思い出し、世界中に満ち溢れる音・自分は音楽から逃げていたことに気付き、目を覚まします。

亜夜の成長を表すに、切っても切れないモチーフが「雨の馬でした。

激しく降る雨も、亜夜にとっては天を駆ける馬を想像する音楽

雨の馬は、亜夜が かつては当たり前の様に楽しんでいた音の象徴。そして、一度はそこから逃げてしまっても、思い出す事になった時に見えた景色でもあったのです。

以上の様に考察します。

映画で描かれた黒い馬と雨の描写

映画で描かれていた黒い馬と雨のイメージシーンは、原作のこれらの描写をイメージして随所に取り入れられたと考えます。

特に、後半 塵の演奏に重ね合わせられたのは、亜夜が完全覚醒するきっかけ・塵の演奏という原作のモチーフが取り入れられたと推測します。また、コンクール本選当日も雨の設定に。

原作を読んでいないと「ん…?なんで雨の中に馬が?それも何度も?!」となると思います(汗)

まとめ

亜夜の転機を表す描写に深い関わりがある天気

黒い馬「雨の馬」は亜夜が不思議な音楽を想像して創り上げた空想のイメージ

亜夜の成長を表すに、切っても切れないモチーフが「雨の馬

 

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